新卒でブラック企業に入社し、すぐに退社して工場夜勤で生活した2年間の話

大学を卒業した後、働いた企業は、先物取引の企業でけっこうブラックでした。見ず知らずの人に電話をかけて、事実を誤認させるようなセールストークをして先物取引をしてもらうのです。本来、勧誘には外務員の免許がいるのですが、免許がおりる前から電話営業をさせられていました。そのような状況を知らなかった私の無知が悪いといえば悪いのですが、がまんできずに2ヶ月でやめてしまいました。

住んでいた寮から出なければいけなかったので、大学生だった弟のアパートに居候をしました。そして、求人雑誌を見て、給料のよかった携帯電話工場の求人に応募しました。派遣アルバイトで、通常の時給は1,200円で、夜間と残業時は割り増しされました。2003年頃のことです。

昼間勤務と夜間勤務があったのですが、私はお金を稼ぎたかったので、夜間勤務を選びました。昼間勤務は男女半々でしたが、夜間勤務は男性のみでした。

私がした仕事は、携帯電話の組み立てラインで、携帯電話のキーや通話機能を検査する仕事でした。当時は、携帯電話が飛ぶように売れていて、ほぼ毎日残業がありました。希望者は、土日も働くことができました。残業も土日出勤も積極的に行っていたので、手取りは30万円近くありました。昼間勤務の女性でも、長時間働いていた人は手取りで30万円以上稼いでいました。

お金が貯まったところで、弟のアパートを出て、自分でアパートを借りました。

立ち仕事で残業、休日出勤をがんばっていたので、お金を使う暇もなく、貯金はどんどん貯まりました。

夜勤でしたので、毎日、東側の窓から日の出と朝焼けを見ていました。

同僚は、20代から50代の方まで、さまざまな方がいました。みな同じ派遣アルバイトでしたので、上下関係がなく、年上の方ともざっくばらんに仲良くさせていただきました。世界中を旅していた方や、元ソープランドの社員だった方、元競輪選手などさまざまな人がいました。大学に通いながら、毎日夜勤で働いている大学生もいました。

ある程度お金が貯まったので、3年ほど働いて退職しました。そこで働いたことで、働くことはそれほど難しいことじゃないんだなと思えるようになりました。今では、別分野の仕事をしていますが、社会人になる第一歩としていろいろ学べて、かつ稼げたのでありがたい思い出です。




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