20年前に自動車部品を作る工場で働いた体験談

22歳のころ三重県にある自動車部品を作る工場で働きました。期間は半年程度。確かトラックの部品を主に作っているラインで、最初は、クラッチの部品だったと思います。鋳造から出てきた部品を目視して、大きな欠損や傷などないか点検する工程でした。ある程度、良品がたまると、大きなラックに移して、移動します。

数週間すると、違う部署に回されました。今度は、ギアーを削る作業でした。NCに部品を取り付けてボタンを押すと自動で機械が研磨して仕上がるので、取り外して、またラックに移して
今度はパレットに積み、違う部署まで運搬もありました。募集の時には全然楽チン作業ですよ!ということでしたが、そこそこハードで、ノルマに達しないときは残業でした。

働いている者同士のコミュニケーションは全くありませんでした。1日に1度も会話しない事が多くありました。あんまりだったので、違う地域に働いている友人に相談したところ、うちの会社はそんなことないよ、紹介するからおいでよ!と言われ、すぐに決断しました。

その工場は車のマフラーやマニホールドなどを作っている会社でした。技術職が好きだった自分は、溶接の仕事に配属されました。半自動という溶接機で、もともとアーク溶接はやっていたのですぐに慣れて、管理者からも優遇されて、給料もすぐにアップしました。半年ほど勤めると、管理者から、今日仕事が終わったら事務所に寄ってくださいと言われて伺うと、良かったら違う部署で正社員にならないか?と誘われました。給料も提示されて、魅力はありましたが、あまりに不便な生活と都会に出向けないストレスが溜まっていて、ずっとここに居るのは嫌だと思い、断ってしまいました。

友人は、今ではそこの管理職になり、ずいぶんといい生活をしています。あれから20年以上たちましたが、結局いい仕事に巡り合えず、現在はフリーランスで、収入も安定しませんが、友人は、お前は幸せだといいます。自由に好きなように生きて、素晴らしいといいます。

どうなんでしょうね?いい人生を得るには、運が必要な気がします。



  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です